バッティングセンターにて

先日、バッティングセンターに行きました。


バッティングセンターには右打席しか用意されていないことが多く、左打者の私が打てる場所を探したところ140キロ・110キロ・80キロと極端に30キロ刻みでしか用意がありませんでした。しかも、マシンの位置も悪く140キロのマシンはちょうど真ん中に位置するのですが、110キロと80キロは両端にあるので引っ張ったり流したりした打球はすぐに壁のネットにぶつかってしまい、どういう打球になるのかが良く分かりません。
140キロが打てるわけはないので80キロと110キロを使うことにして、合計で8セット行いました。1セット15球以上はあるので単純に120回以上はスイングしてることになります。それはさておき、どちらでも全く打てませんでした。軟球を打っているのに芯をはずした回数が多すぎて手が痛いという・・・。


野球を現役でやっていた時期もマシンで投じられる球を打つのは苦手ではありましたが、良い当たりは全体の1割程度しかなくて内野へのポップフライかファウルチップのような打球が非常に多かったです。そのような打球が多いということは110キロの速球に差し込まれているということで、原因としては動体視力の衰えで110キロを速く感じやすくなっていることとスイングする筋力の衰え(当時の感覚をベースにしてスイングをしても当時と同じスイングができていない)が挙げられると思いました。


バッティングセンターには様々な方がいて、140キロを打ち返す中年の方やソフトボール経験者っぽい女性の方、昔野球をやっていたであろう方や少年野球の帰りであろう子供・・・など老若男女を問いません。しかし、傍から見ているとどの方も普通にバッティングをして打てているのですよね。
私は7年間の野球経験があり、それは私にとっては非常に大きな経験です。しかし、野球という大衆スポーツであれば同じくらいの経験年数がある人なんて世の中にはたくさんいるわけだというのをあらためて実感しました。


「経験は他人と差別化をするだためだけでなく、自分にとって大きなものであれば意味はある」と考えているので、野球経験者がたくさんいること自体はショックではありませんでした。ただ、7年間の野球経験で培った最も分かりやすい資産である「野球をする能力」を失ってしまったことに気付いたのが衝撃的でした。せっかく7年も野球を続けたのに、野球経験のない人と同程度の能力しかないとしたら、その7年間野球をしていた意味があったのかというところでちょっとかなしくなりますよね。
幸い、経験に意味を与えるのは得意で、野球経験で得たものは野球能力だけではないため7年間の経験が無意味だったわけではありませんが、今後の人生でこれに似たようなことは十分に起こりうるのではないかと思いました。
「歳を重ねると潜在的な能力の発達はなくなるので、それ以降は経験から学ぶしかない」と考えているので、経験は一種の資産であり、それを記憶しておくことは大事だと思っていましたが、身に着けた能力も一種の資産であり、何もしないと時間経過につれて価値が落ちていくものだとあらためて実感しました。
よくある話だと、ペーパードライバーはこれと同じ(私はペーパードライバーではないので自分のこととして経験していないですが…)だと思いますが、運転免許取得なんかよりも時間をかけたり真面目に取り組んだもので同じような経験をしないとそれがどれだけもったいないことなのかは痛感できないものですね。


最後に、スイングの反省点。
・スイング時に重心が右足側に流れるので後ろ足を軸にするくらいの意識を持つ
・そもそも重心が乗り切っていない(接地する足の内側に重心を置く、膝を落とす)
・意識しないと左手をこねてゴロになる
・意識しないとトップから左肩が下がりスイングの軌道が最短にならない
・意識しないと右肘が上がってバットのヘッドが下がりフライになる
・左肩が下がった結果右肘が上がっているのか、右肘が上がった結果左肩が下がっているのか、いずれにせよ左手の使い方がきれいでない


・・・これだけのことを意識しながら自分の好きなペースで打たせてくれないバッティングセンターでは打てるわけない気がしました。。
なので、野球経験で培った野球能力はバッティングセンターではなく野球をするときに活かせる能力なのだと思っておくことにしましょう((