「捕手異論」を読んだので感想を。
著者はプロ野球OBで元千葉ロッテマリーンズの里崎智也。
キャッチャーとして2006年の第1回WBCの日本代表に選出されて、日本の優勝に大きく貢献するだけでなく大会のベストナインにも選出されました。その後も千葉ロッテの正捕手として活躍を続け、2014年に引退した選手です。
メディア露出が多くないパ・リーグの選手ということもあり、私もプレイスタイル以外についてはあまり詳しくなかったのですが、現役引退後の活動を見ている限り型破りな思考を持つ人間だということが分かったので、興味が沸いて本書を読むことにしました。
余談ですが、「型破り」と言うと変わっているように思うかもしれませんが、悪しき伝統や常識に囚われない合理的な思考を持っているというだけです。思考の在り方としては、その方が自然だと思うのですが、自然な思考をすることが「型破り」と表現されるのも不思議な話ですよね。
本書の構成は、トピックをイニングに見立てて1回表から9回裏までの9章構成+延長戦として芸人・ナイツ塙との対談。
1〜4章が捕手やその視点からの話題が中心、5〜7章が野球の常識に対する問いかけ、8〜9章がプロ野球の制度などに対する話題、という構成です(野球に見立てた方がウケは良さそうですが、書きたいことを書く本来の目的に沿えているかどうかが合理的でないように感じてしまいました…)。本人が合理的な思考をすることからも、責任の所在をはじめ全体的に物事を明確にさせたがる傾向があり、それをこなすのが「プロ」であり少なくとも著者にとって当然というスタンスが見てとれました。
個人的に惹かれた内容は、1〜4章の捕手視点の話題。私自身が捕手というポジションを経験したことがなかったため、新しい気付きを得ることが多かったです。
私の選手・里崎に対する印象は「打てる捕手」「肩は強いけれど見ていてリードが怖い」でした。当時の私は古田・城島・谷繁・矢野をはじめ「打って守れる捕手」を数多く見ていたため、守備に不安がある印象から捕手・里崎としての評価はそこまで高くなかったです。しかし、本書の中ではリードに対する考え方や捕手育成の現状を的確に捉えた内容が書いてあり、捕手・里崎への私の評価も1軍の試合に出始めた当時からアップデートされていないままの印象だったことを実感しました。
というわけで、一番感銘を受けた序章の部分です。
まず1章で「良いリードは試合に勝てるリードであり、リードの良し悪しは結果でしか語れない」とあります。なので、その場で最適だと思った策を打つしかありません、これは采配にも似ているところがありますね。リードが結果で語られるとはいえ、良いリードに結び付けるためには事前準備がとても重要であることを語っており、そのために打者のデータをひたすらインプットすること、「計画・実行・反省」の3ステップを繰り返すこと、の2つが挙げられています。しかし、この試行錯誤を行うためには最前線で試合に出ることが必要、つまり正捕手にならなくてはなりません。
そして、2章では正捕手について育成の現状や著者なりの近道について記述があります。捕手に最も必要とされている能力である守備力、これを大きく司るリードに関しては試合に出続けて向上させていくものだとしました。しかし、ここで板挟みになるのは選手を起用する監督で、監督の使命である「チームの勝利」と将来を見据えた「正捕手の育成」を両立することは難しいです。この現状も踏まえた上で、著者は正捕手への近道として「打つこと」を挙げています。正捕手に定着していない選手の守備力にはたいした差がないとすれば、打撃能力は大きな差別化を図れます。まず打つことで試合に出続けて、その中でリードに必要な経験を養い正捕手の座を掴むのが著者の語る近道です。誤解を生まないよう補足しますが、リード以外の守備能力(キャッチング・フィールディング)に関しては著者も振り返りたくないほど練習したという記述がある通り、ただ打てばいいわけではありません。
こういった視点は実際に捕手を経験していないと見えづらいところがあり、こういう考え方があると気付かされたのが最も大きな収穫でした。因みに、著者は「打つことが近道」としながらも、投高打低の傾向のために捕手の可能性を見極める前に野手コンバートされることが多い現状も挙げておりました。
5〜7章では「○番打者最強論」「送りバント」「ジグザグ打線」など野球のセオリーに対する問いかけをしています。結局はどれも有効な場面とそうでない場面があるということで、リードや采配同様にセオリーに囚われ過ぎて本質を見失うべきでないという内容です。本質は「いかにして得点するか」なので、そのチームや状況次第というのは間違いないでしょう。
8〜9章に関しては、プロ野球の在り方についてあまり興味がなかったので割愛します。
あとは印象に残ったことをいくつか書いておきます。
■「どんなときでも『結果』を要求されるプロの世界では、成果が出なかった、うまく行かなかった、失敗した―という場面で学べることは、たったひとつ。『これまでの方法は間違っていた』ことだけだ。」
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部活の顧問などの「これまでやってきたことは無駄じゃない」という激励のセリフが通用するのはアマチュアだから、というのに対して。
失敗を学びの糧にするのはアマチュアも同じなのではないかと思ってしまいました。勿論、それを思い出とするのか糧とするのか無駄にするかどうかは本人次第ですが。
■「『データ』と『感性』なら後者を信じる」
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リードする上で、事前に得ていたデータと自分の感性が導き出した答えが違っていたときの対応。
これは結構共感できます。データはあくまで過去のものであり、感性はその場で感じたものになります。もし感性に何の根拠もないのであれば選択を迷うかもしれませんが、その感性は自分の過去の経験やデータに基づいて培われたものだと思うので、感性で判断する方が良いかと思います。
「データが時として判断の邪魔になる」という話ですが、もう少し詳細の説明があっても良かったのではないかと。
■「相談なんてものは悪いときにしかしてこないわけだから、本人の"いいとき"をちゃんと知っておいてあげよう」
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後輩から相談を受けたとき、野球をやっているときだけでなく、プライベートがうまくいっているかなど色々と踏まえた上でアドバイスをするという話。
相談事の多くは身近な人(色々な部分を知っている人)にされるものだから、そういう視点で考えたことがあまりなかったです。合理的な思考をする人間ってなぜか冷たく見られがちな印象がありますが、無駄な物事を嫌うだけで課題解決に対しての向き合い方は真剣そのものですよね。
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私は野球をやっていた頃に落合博満の著書を読み、考え方に大きく影響を受けております。彼もまた合理的な思考をするのですが、同様の考え方をする人間は野球界にはなかなかいません(?)でした。なので、合理的な野球の考え方に触れることができて面白かったです。
まえがきでも書かれていますが、たった30年弱の平成においても野球の制度や考え方というのは大きく変化しているため、プレイする側も観る側も環境に適応して視点をアップデートさせていく必要があります。本書が「異論」を唱えたように、アマチュアの私も思ったことを正直に言いつつ、他人と議論や共有をして考え方をアップデートしていくような向き合い方ができたら良いなと思います。