赤星憲広の「頭脳の盗塁術」を読んだ感想

「頭脳の盗塁術 : 走りのプロの技術・戦略&バッテリーとの心理戦対策」を読んだので感想。

 

著者は元阪神タイガース赤星憲広。入団1年目から盗塁王のタイトルを獲得するなど9年間の現役生活で歴代9位タイとなる通算381個の盗塁記録を残した盗塁のスペシャリスト。
本書の内容としては、2013年に出版された「頭で走る盗塁論」がベースになっているようで、そこに解説者経験や近年の野球事情などを加味した上で大幅な加筆修正を行い、更に盗塁成功率.873で通算トップとなる日本ハムの現役プレーヤー西川遥輝との対談を加えたものになっています。

 

○読んだきっかけ

そもそも野球における盗塁論への関心が高いです。実際に野球経験があるのですが、走る能力に長けていたので「どのようにして次の塁を陥れるか」を常々考えていたり、藻類意識は高かったと思います。
過去には読売巨人ジャイアンツで活躍した鈴木尚広の著書も読みましたが、それは代走という役割に至るまでの経緯やそのプロ意識の高さにスポットを当てたもので、当時は彼がまだ現役選手であったこともあり細かい技術論についてはあまり触れられていませんでした。ただ、今回の著書は「既に現役を引退した選手が」「野球解説という他人に伝わるよう思考を言語化する仕事を経た上で」「盗塁の技術論について書いている」という内容だと、数ページ立ち読みして分かったのでそのまま手に取りました。

 

 

○盗塁論基礎

そもそも盗塁は普通にやると五分の勝負にしかならない。ピッチャーが投球してキャッチャーが二塁に送球するまでの時間とランナーがセカンドベースに到達するまでの時間は俊足を誇った著者のタイムで見てもほぼ同じである。なので、それを有利な勝負にするためには「投球開始より早くスタートする」「相手が普通にできないタイミングで企図する」のどちらかしかない。
上記2つを実行するためには、ひたすら相手を研究することが重要である。いわゆる3Sと呼ばれる要素(スタート・スピード・スライディング)も重要ではあるが、最も重要なのは走る勇気・自信を持ってスタートする心であり、それを裏付けるのは相手を研究して傾向と対策を得る事前準備に他ならない。

 

○所感

まず書籍として読みやすかったです。感覚的な表現は少なく、細かく書く場合も具体例を挙げてアプローチの方法が述べられていたので読み手として納得感がありました。
個人的に知見として大きかったことは2つあります。まず1つ目が「捕手の癖を探ること」です。盗塁でいいスタートを切るために癖や配球パターンを研究することは大事ですが、投手の癖だけではなく捕手の癖を見るという考え方が私にはありませんでした。捕手は投手ほど癖を意識しないので、例えばミットを構える位置や姿勢によってコースや球種が分かる場合があるようです。
もう1つは「3割打てるから60盗塁できる、ではなく60盗塁できるから3割打てる」の考え方。盗塁は出塁しないことには始まらないため、3割打てるからこそ盗塁成功を60まで積み上げられるという考えはありつつ、盗塁成功を60まで積み上げるためには相手の研究が必須になるため、その研究成果は打撃にも活かせるというものです。ニワトリ卵な問題ではありますが、物事の異なる捉え方として感心するところがありました。

 

○ワンランク上の盗塁論

盗塁の成功率を上げるために相手を研究することの重要性がここまで説かれていましたが、それ以外にも成功率を上げるためのテクニックは細かいものでいくつかあります。
まずは単純に「盗塁企図をキャンセルする」ことです。スタートを切った段階で間に合わないと思って盗塁をやめられればアウトにはなりません。この判断と技術が揃えば走れると思ったときだけ走るので高い成功率を維持することができます。

次に興味深かったのは「二塁手がベースカバーに入るタイミングを狙う」ことです。二塁へのカバーは二塁手・遊撃手と両方入る可能性がありますが、遊撃手の方がランナーが視野に入ることや捕球位置からのタッチがスムーズなことから、二塁手が入る場合を狙う方が僅かながらタイムロスが生まれやすいです。
更にスライディングで狙うベース位置。野手はキャッチャーの送球位置にグラブを合わせて捕球を待つことが多いので、それに合わせて滑る位置を変えることでタッチまでの時間を多少遅らせることができます。個人的には右足を伸ばす形が次の走塁に移りやすい印象がありましたが、ここでは送球が顔面にぶつからないよう左足を伸ばす形が推奨とありました。
また、リードに関しても、立ち位置で投手から見たリード幅が変わるトリックの話がありました。これは私も試したことがあって効果を測れなかったのですが実際にはリードが1.5歩分違うことが見抜かれなかったようで、奥義(?)として重要な場面で使えたという話も面白かったです。

 

○盗塁の練習方法

これは本書にはあまり記載がありません。生きた投球を打ち返すのが良い打撃練習であるように、走塁も実戦の中で養っていくのがベストとしているからです。
ただ、実際にそれを行うのは難しいと思います。なぜなら、打撃は打席に立ったら必ず企図するものであるのに対して、盗塁はそうではないからです。ノーサインで走って良い選手は限られていて、そういう選手でないと試行錯誤ができないからです。
また、癖やパターンの研究は何度も同じ相手と対戦するプロならではの話です。アマチュアにおいては対戦相手の情報も少なく、バッテリーの盗塁処理練度も高くはないので、俊足であればただ普通に走るだけでランナー有利なことが多そうです。そういった背景から盗塁成功率を上げるための取り組みはアマチュアではあまりされていないように思いました。
なので、まずは足の速さに関係なく盗塁を企図するような習慣を作ること、そのためには走塁ミスや失敗を咎めないようなチームとしての方針作りが重要になると思いました。練習試合などでたくさん企図して失敗して学ぶことが必要だと感じました(余談ですが、アマチュアにおける練習試合の多くはただ普通にベストメンバーで固めて試合をしているだけで、そういった何かを試す場としての活用がほとんどないことは長年疑問だったりします)。

 

○まとめ

「盗塁は頭で走るもの」という通り、ただスピードと感覚に任せるだけでなく、事前に綿密な研究をして傾向とパターンを叩き込んだ上で走れるときに走っていたというのがよく分かる内容になっていました。野球自体が考える側面が強いスポーツであり、ちゃんと考えたひとが結果を残していて、そのアプローチを共有していただけるのは非常に嬉しい限りです。
昨今は投高打低な傾向にあり、その時代で勝つためには攻撃の戦略として走塁の重要性にスポットが当たる可能性は高いと思います。試合に出たら全員行うことなのに、どうしても足が速いプレーヤーの間でしか意識が持たれないことが多いので、もっと走塁意識に着目される日が来ることを期待して今後が楽しみです。