ホウレンソウのできないひと

内容を一言でまとめるなら
「ホウレンソウは『どのようにするか』も大事だが『いつするかを明確にする』ことの方が大事である。そして、最適なタイミングは場面や相手によって異なるので、それを理解するコミュニケーション能力が求められている。ただ、相手を理解してコミュニケーションすることは実際にはコストが高く感じることが多くて、これだけホウレンソウが認知されていても情報共有不足が発生するのはそれが要因ではないか。」
・・・という話です。



ホウレンソウ、報告・連絡・相談をうまく略した言葉です。


報告:全体の方針に支障がないか現状を確認できるようにする
連絡:事実を周知のものにする
相談:判断が難しい場合に参考として他者の意見を聞く
…とそれぞれ違う意味合いを持ってはいますが、要するに情報共有の要素を分解したものです。


「判断できずに動けない…時間を生まない」「そのせいで起こる判断ミスやトラブルを未然に防げる」ので情報共有を行うことは物事をスムーズに進める上で大切なことだと言えます。
ホウレンソウを行うときのポイントとしては「相手の都合を考える」「結論から話す」「事実と憶測と意見を混合しない」など。これらはネットで適当に検索するだけでいくつか出てくるように、ホウレンソウという考え方自体は広く認知されているようです。


しかし、それだけホウレンソウが認知されているにも関わらず、情報共有が足りずに進行に乱れが生じた…なんてことも実際には多くあると思います。
それは「いつ情報共有をすべきか」が明確になっていないからではないでしょうか。どのタイミングで共有を行うべきかが各々の判断に委ねられている(ないしは察することを期待している)場面が多く、その認識の食い違いによって行われない状態が発生するものだと考えられます。情報共有のやり方として「どのようにすべきか」気を付けることも大切ですが、そもそも適切なタイミングで情報共有がされていなければ意味がありません。
では、「いつ情報共有をすべきか」なのですが、これは誰にでも通用する一般的な回答がないように思います。なぜかと言うと、どの粒度・頻度で情報を欲しているかが場面や相手によって異なるからです。ホウレンソウを「どのようにすべきか」ばかり語られているのは、方法論は一般的な回答があるのに対して「いつ」はどんな相手にも通用するわけではないからでしょう。


即ち、ホウレンソウにおいて大事なことは「いつ情報共有をすべきか」を明確にしておくことで、「相手がどういう風に情報を求めているのかを知る」ことだと言えます。つまり、結局のところは人と人とが関わる以上切り離せないコミュニケーションの問題です。
ただ、これは気の知れた仲であれば簡単な話ですが、実際に報告・連絡・相談が特に求められるのは仕事や作業などさほど興味のない相手と接する場面も多いです。そういった相手に対して「相手を理解したコミュニケーションをとる」ことにはエネルギーが必要なことが多く、それが大きなコストとなり情報共有が行き届かない場面を生む一つの要因になっているのではないかと思います。
となると、問題は「コミュニケーションをとりづらい相手とどうやったらうまく接することができるか」になるのですが、問題のスケールが大きくどうするべきなのか私もよく分かりません。ただ、これができるひとはホウレンソウができる素質のあるひとだと思います。


世の中でホウレンソウができていないと言われる場面がこんなにも多く見受けられることを考えると、「潤滑な人間関係を築くためのコスト」と「コミュニケーションが足りずに物事の進度が遅れたりするときのコスト」を比較したときに前者の方が高いと感じる人間が多いのではないかと思えてしまいました。
そのため、物事をうまく円滑に進めたい場合は、相手がそれを負担に思わないように潤滑な人間関係を築くための努力をすることが大事そうですね。